善福寺手帳

ぜんぷくじてちょう

ノートルダム再建支援コンサート

火災があったノートルダム寺院の再建を支援するため、フランスの有名アーティストらが集まった支援コンサートが20日土曜日夜、 パリの歴史的建造物アンヴァリッド(廃兵院)で行われたそうです。 火災のあった翌朝すぐにノートルダム寺院前の路上でフォーレ「夢のあとに」を弾いたゴーティエ・カプソンは、 このコンサートにも出演し、フォーレの「エレジー」をオーケストラと演奏していました。
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コンサートには他にピアノのラン・ラン(ドビュッシー「夢」)、 ゴーティエ・カプソンの兄でバイオリンのルノー・カプソン(「タイスの瞑想曲」)、 フランス国立管弦楽団らによるJ.S.バッハ「マタイ受難曲」などが演奏され、コンサートのもようはフランス国内にテレビ放映されたそうです。

ノートルダム寺院の再建をめぐっては、フランス国内外から寄付や支援の申し出が相次ぐ一方、国内の貧困への支援も十分でないのに、という批判もあるよう。

ただ、日本でも震災のとき人々が皆、何かをせずにはいられない気持ちになったときのことを思い出すと、もちろん災害としての規模や質は違いますが、フランスのアーティストたちが何かをせずにはいられない気持ちもまた、わからなくはない気がします。

ノートルダム寺院の消防士たちを称えてチェロ

ノートルダム寺院の火災で夜通し消火活動にあたり、被害を最小限にとどめた消防士たちを市民らが称える式典が18日木曜、パリ市庁舎前で行われ、この“英雄たち”を称える式典で、バッハの無伴奏チェロ組曲1番プレリュードが演奏されていました。

演奏はフランスのアルマンス・ケロ(Armance Quéro)さんというチェリスト。式典ではこの他に、ヴィクトル・ユーゴーの小説「ノートルダム・ド・パリ」の一節の、俳優たちによる朗読などがあったそうです[france24, france bleu]。

思えば、消防士たちの栄誉は大いに称えたいものの、事が事だけに、少なくとも今はまだ華やかなお祝いをするわけにはいかず…という難しい状況の中、チェロ一本で奏でられるこの音楽がふさわしいものとして選ばれたのではないかと思います。

先週の練習・楽器調整

日替わりエチュード、10日はフランショーム(Auguste Franchomme, 1808-1884)の誕生日というニュースをどこかで見て、ならばとフランショーム作のシュレーダー90番。 他にシュレーダー132番、126番、85番、ポッパーの8番、31番。バッハ4番と6番のプレリュード。

所属オケが使うホールは地方選挙期間中使えず、練習は選挙が終わるまでしばらくお休み。

気候が良くなったので、楽器の点検・調整と弓の毛替えをしてもらう。 わずかに表板にはがれがあったのを職人さんが見つけ、直してくれる。駒・魂柱は問題なし。

楽器を12年使ってきて、ニスのはがれも気になってきた。塗り直すとなると2~3週間弾けなくなる、と脅され(たように感じた)、少しでも保護しようと胸当てを購入して使ってみることにした。

修理と毛替えを待つ間、近くの公園を散策。桜はもう終わり。

火災のノートルダム寺院でゴーティエ・カプソンが「夢のあとに」

昨夜15日、パリのノートルダム寺院が火災に遭ったというニュースは、フランスのみならず世界中の人々にとってショッキングなニュースでしたが、フランスのチェリスト、ゴーティエ・カプソンは今朝16日、ノートルダム寺院近くにチェロを持って現れ、火災に遭った大聖堂への敬意と悲しみを込めてフォーレ「夢のあとに」を演奏したそうです。

[仏Europe1より]

ゴーティエ・カプソンは、火災のニュースを自宅で見て、居ても立ってもいられず、自分の目で確かめたいとここに駆けつけ、「まるで『悪夢のあと』のようだ」と語ったのだそう。

そういえば、「夢のあとに」の作曲者フォーレ(Gabriel Fauré, 1845-1924)はパリ・マドレーヌ寺院のオルガン奏者でもあった人ですね。

[追記] ノートルダム寺院のニュースでは、燃えるノートルダム寺院を遠くから見つめながら市民らが聖歌を歌う動画に胸を打たれました。

市民らが歌っていたのは"Je vous salue Marie"(マリアさまを祝福します、ラテン語で言えばAve Maria)というフランス語の聖歌で、Frère Jean-Baptiste de la Sainte-Familleという現役の修道士が作曲した、比較的新しい聖歌のよう[YouTube]。ノートルダム寺院と信仰が、人々の生活の中で今も生きていることがうかがえる気がします。

ヨーヨー・マのメッセージ

13日にメキシコ国境の橋で演奏したヨーヨー・マが、米公共放送PBSの夜のニュース番組で15日夜、文化の重要性について語っていました。

ヨーヨー・マが、昨年バッハ無伴奏チェロ組曲全曲の「最後」の録音を発表し、世界ツアーを始めた前後から、インタビューなどで繰り返し語っていた“真意”が、端的に語られていると思います。

ヨーヨー・マの語りの部分(0:48~)をざっと訳すと:

私は63歳になりました。この4本の弦を持つ楽器を59年間弾いてきました。

バッハのチェロ組曲第1番プレリュードは、私が最初に習った曲ですが、今でも大好きな曲です。 4歳の私はこの曲を1日1小節ずつ練習しました。子どもにとって1曲を通して弾けるようになることは大きな喜びでした。

しかし、年を経るにつれて、この音楽が特別な力を持っていることがわかってきました。 人を癒し、鼓舞し、感嘆させる力です。 そしてこの曲を300年前、自分の生まれた所から数百マイル程度の旅しかしたことのない一人の男が書いたのです。

私は、この曲を聴衆の前で弾くたび、この曲がいまだに私たちに語りかけてくるのがわかります。 私たちがどんな時代に生きていようが、どこで暮らしていようが、どんな言語を話していようが、です。

これはバッハの音楽だけではありません。食べ物、芸術、科学、物語…それらは われわれが何者か、相手が何者か、われわれを取り巻く環境がどんなものか、を理解する手がかりになります。 これこそが文化(culture)です。

私は、文化こそが生きていくために本質的なものだと信じています。 それこそがわれわれがどのように新しいものを生み、どのように新しいものと古いものを組み合わせ、 どのように良い未来を思い描くかを表しているからです。

私はかつて、文化にも経済や政治と同等な地位が必要だ、と言っていました。 でも今は、文化こそが経済や政治を形作る基盤だと信じています。 文化こそが世界と地域、都市と地方、現在と未来とが出会う場所だからです。

文化は、信頼や想像力や共感によって、見知らぬ他人を「私たち」に変えます(Culture turns the other into us)。

さあ、お互いに「われわれの物語」を語り合いましょう。そして、それを私たちの時代の物語として残しましょう。

[Yo-Yo Ma on the importance of telling each other our stories: PBS NewsHour 19.04.15より]